おしゃぶり卒業はいつ?保育園入園をきっかけに1ヶ月で卒業できた我が家の記録

おしゃぶり卒業はいつ?保育園入園をきっかけに1ヶ月で卒業できた我が家の記録

「おしゃぶり、いつまで使っていいんだろう」「やめさせたいけど、泣かれると心が折れる」——おしゃぶりに助けられてきた家庭ほど、この悩みは重いですよね。

我が家の長女も、おしゃぶりが大好きな子でした。そして1歳半、保育園の入園をきっかけに卒業。この記事では、卒業までの約1ヶ月に我が家で起きたこと、親としての葛藤を、そのまま書きます。

おしゃぶり卒業、時期の目安は?

一般によく言われる目安はこんな感じです。

  • 1歳を過ぎたら、少しずつ使う場面を減らしていく
  • 2歳半頃までに卒業できると、歯並びやかみ合わせへの影響が残りにくいと言われる

ポイント

おしゃぶりを長く使うと出っ歯(上の前歯が前に出る)やかみ合わせのずれにつながることがある、と言われています。ただし影響の出方には個人差があります。歯並びが気になる場合は、自己判断で焦る前にかかりつけの小児歯科で相談するのがおすすめです(1歳半健診で聞いてみるのも手です)。

とはいえ、「目安の時期が来たから」だけでは、なかなか踏ん切りがつかないのも本音。我が家の場合は、外からきっかけがやってきました。

我が家のきっかけは「保育園の入園」

長女が1歳半のとき、保育園に入園しました。そして園の方針は——おしゃぶり禁止

つまり、園ではおしゃぶりなしでお昼寝することになります。「家ではおしゃぶりあり、園ではなし」だと娘も混乱するだろうと考えて、入園を機に、家でも卒業の練習を始めました。

正直、親としては「まだ早いんじゃないか」という気持ちもありました。でも振り返ると、「園でも使えないから」という外からの理由があったことで、親の方が覚悟を決められたのは大きかったと思います。

卒業までの記録:2週間で変化、1ヶ月で完全卒業

最初の数日:口寂しくて眠れない

練習を始めた最初の頃は、やっぱり大変でした。娘はいつものおしゃぶりがないことで口寂しくて、なかなか眠ることができません。ぐずって泣いて、寝かしつけの時間はいつもの何倍にも感じました。

ここで我が家が決めていたのは、ゼロか100かにしないこと。

おすすめ理由

「限界のときは、おしゃぶりに頼っていい」——我が家はこのルールにしていました。どうしても眠れず親子とも限界の夜は、おしゃぶりを使う。その代わり、翌日はまたなしで挑戦する。
「一度使ったら振り出しに戻る」と思いがちですが、我が家の場合はそんなことはありませんでした。完璧を目指すより、続けられることの方が大事だったと思います。

2週間後:おしゃぶりなしで眠れる日が出てきた

2週間もすると、少しずつ慣れてきたのか、おしゃぶりがなくても眠れる日が出てきました。毎日ではありません。眠れる日と眠れない日を行ったり来たりしながら、少しずつ「なしで眠れる日」が増えていく感じです。

日中を保育園(=おしゃぶりなしの環境)で過ごしていたことも、後押しになったのかもしれません。

1ヶ月後:完全に卒業

そして1ヶ月がたつ頃には、完全におしゃぶりを卒業していました。あんなに手放せなかったのが不思議なくらい、なくても当たり前に眠るようになりました。

今4歳になった娘は、おしゃぶりのことなんてすっかり忘れています。

一番書きたかったこと:親の葛藤

やめさせ方のコツより、本当はこれを書きたくて、この記事を書いています。

卒業までの1ヶ月、泣いている娘、口寂しくて眠りにつけない娘を見て、親としていろいろな葛藤がありました

「おしゃぶりを渡せば、すぐ泣き止むのに」「そこまでして今やめさせる必要があるのか」「かわいそうなことをしているんじゃないか」——寝かしつけのたびに、そんな気持ちと戦っていました。

それでも続けられたのは、これが娘から何かを取り上げる話ではなく、娘が次に進むのを手伝う話なんだと思えたからです。実際、卒業した娘は何も失っていませんでした。

いま同じ葛藤の中にいる方に伝えたいのは、泣かれてつらいのは、ちゃんと向き合っている証拠だということ。そして、限界の日に一度おしゃぶりに頼っても、卒業はちゃんとできるということです。

口寂しさの「代わり」を用意する

おしゃぶりは、子どもにとって安心のスイッチ。だからこそ、やめるときは代わりの安心があるとスムーズです。我が家で役に立ったのはこのあたりでした。

ちなみにこの「取り上げるより、代わりを用意する」考え方は、後に娘のYouTube依存を卒業させたときにもそのまま役立ちました。やめさせる労力より、代わりを一緒にやる労力に時間を使うほうが、結局うまくいきます。

まとめ

  • おしゃぶり卒業は1歳頃から少しずつ、2歳半頃までにが一般的な目安。歯並びが気になるなら小児歯科へ
  • 我が家は1歳半・保育園入園(園はおしゃぶり禁止)をきっかけに卒業の練習を開始
  • 最初は口寂しくて眠れず苦戦。限界の夜はおしゃぶりに頼ってOKのゆるいルールで継続
  • 2週間で「なしで眠れる日」が出はじめ、1ヶ月で完全卒業
  • 泣く子を見てつらいのは当たり前。ゼロか100かで考えず、代わりの安心を用意してあげてください

おしゃぶりに助けられた日々も、卒業に向き合った日々も、どちらも間違いじゃありません。この記事が、いま葛藤の中にいるパパママの背中をそっと押せたらうれしいです。

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就寝24時の娘が変わった——パパの転職で帰宅21時→18時になった我が家の話

就寝24時の娘が変わった——パパの転職で帰宅21時→18時になった我が家の話

うちの娘は、2歳半まで寝るのが24時過ぎでした。

こう書くと「夜更かしさせすぎ」と叱られそうですが、当時の我が家では、それが普通でした。今日は、その生活がパパの転職で変わった話をします。子どもの睡眠の話であり、働き方の話でもあります。

帰宅21時の生活:家族全員が「夜型」だった

娘が生まれてから2歳半までの頃、僕の仕事は帰りが遅く、家に着くのは20時半〜21時でした。

そこから夕食、お風呂、遊んでほしがる娘との時間……となると、寝るのはどうしても24時過ぎ。「子どもは早寝早起き」と頭では分かっていても、パパの帰宅に合わせて家全体のスケジュールが後ろにズレていく。これが我が家の現実でした。

娘からすれば、唯一パパと会える時間が夜遅く。寝かせようにも、本人は「やっと遊べる」モード。悪気は誰にもないのに、リズムだけが崩れていく構造です。

保育園入園で、ツケが回ってきた

1歳半で保育園に通い始めると、問題が表面化しました。

保育園の生活は朝から始まって、お昼寝も夕方の降園も、完全に「朝型」のリズムでできています。夜24時に寝る娘にとって、朝は毎日つらい。園のリズムに体が慣れるまで、本人も親も本当に苦労しました。

ポイント

このとき痛感したのは、子どもの生活リズムは「子どものしつけの問題」ではなく、家族全体の生活の鏡だということ。子どもだけ早寝させようとしても、家の時間割が夜型のままでは無理がありました。

転職で帰宅18時に。家族の時計が前に動いた

その後、僕が転職して、帰宅が18時になりました。

たった3時間。でも、家族の夜は別物になりました。夕食もお風呂もいつもの寝かしつけルーティンも、ぜんぶ前倒しできる。娘の就寝は大幅に早まり、朝もすっと起きられるようになって、保育園のリズムとようやく噛み合いました。

「子どもの早寝のコツ」をいくら調べても直らなかったものが、親の帰宅時間が変わった途端に解決した。正直、拍子抜けするくらいでした。

思わぬご褒美:「パパが良い!」

実は、帰りが遅かった頃の娘は、僕にあまり懐いていませんでした。それはそうですよね。起きている娘と会えるのは夜のわずかな時間だけ。娘の生活の中に「パパ」がほとんど存在していなかったんですから。

それが、18時に帰る生活になってから——夕食を一緒に食べて、お風呂に入れて、寝かしつけまでやるようになって——ある日、娘が言ったんです。

「パパが良い!」

寝かしつけも、お風呂も、「パパが良い」。あの瞬間のうれしさは、ちょっと言葉にできません。転職で変わったのは娘の生活リズムだけじゃなく、僕と娘の関係でした。

帰宅が遅いパパへ(転職しなくてもできること)

「じゃあ転職しろってこと?」と言われたら、そうじゃありません。我が家はたまたま転職が転機でしたが、状況が許さない家庭の方が多いはずです。当時の自分に言うつもりで、できることを挙げます。

  • 子どもの就寝をパパの帰宅に合わせない。先に寝かせて、平日は「朝に会う」に切り替える
  • 朝ごはんや登園の送りなど、朝のどこかに「パパの時間」をつくる(懐く接点は夜じゃなくてもいい)
  • 休日は寝かしつけ担当に。ルーティンが決まっていれば、パパでも寝かせられます
  • もし働き方を見直すタイミングが来たら、「帰宅時間」は給料と同じくらい大事な条件として考えてみてください

まとめ

  • 子どもの夜型は、家族の時間割の鏡。子どもだけ直そうとしても難しい
  • 我が家は帰宅21時→18時で、就寝24時の生活が一変した
  • 早く帰れないなら「子どもの就寝を待たせない」「朝に接点をつくる」
  • 帰宅時間は、子育てにおける隠れた最重要パラメータ

「パパが良い!」は、ある日突然やってきます。その土台は、毎日のなんでもない夕方の時間でした。